前の息子が妻の体に宿ったと知った時、私は全身から力が抜けていくのを感じた。まるでそれまで体と魂を縛っていた古来からの呪いが、数千年の時を経てようやく祓われたような、そんな脱力感だった。私はそれを自分自身の終焉に喩えたことがある。俺の人生は、終わったのだ、そんな風に。でも、それはまったくの見当違いだったことが今では分かっている。子どもが出来るということは、子どもの命と死の両方に対して、再び怯え始めるということに他ならない。私にとっては、失われた命の重みを永遠に数え直しながら、新しい命をそれでも言祝ぐことの分裂の中で、自分をなんとか保つということに他ならない。だから私は今、生と死の狭間で、いつもそのどちらにも所属しきることなく、再び重みを持ち始めた私自身の人生について、考えざるを得ない。私の人生はまったく終わっていない。あの祝祭の瞬間、全てが終わったという誤解のエクスタシーの中で、そのまま死んでいたらどんなにか私は幸福だったろう。喩えそれが、今の私には結局のところ偽の幸福であり、突き詰めた先には鏡に映ったナルシスの問題であることがわかっていたとしても、だ。
ただ、その脱力感自体の残滓は、残っているのかもしれない。というよりも、あの瞬間以後、私は二度と精神的な緊張というのを持てなくなっているのかもしれない。心地よい緊張も、冷や汗のながれるストレスも、そのどちらも今の私にはあまり関係のない真昼の月のように、遠い場所にある。思えば私の人生は、基本的に絶えざる緊張を強いられる人生だった。小さい頃のイジメから始まり、学業の巨大なプレッシャー、自分自身の内側から引きも切らず沸き上がってくる憎悪と反抗の衝動、何もかもを否定しないではいられない自己保身、それらが綯い交ぜになって、私は私自身という演劇の舞台を常にスポットライトで光らせないでは済まない、そんな自己愛的な性格を耕して行く。私の人生は、いわば一個の劇だった。私によって演じられ、私によって鑑賞され、私にとって楽しみであり苦痛でもある、内的独白劇。それらはどこに行く宛もなく、何の果実も結ばない、中学生の自慰の様に無心で無意味な快楽の追求だった。それが苦痛に高じても、強いて快楽だと思い続けて、私はそれを演じ続けた。
息子がこの世界の奥底に小さな命を得た時、それが結局のところ、花開くことはなく再び全て奪われた後になった今でも、あの瞬間の力が抜けて行く感覚は、未だに私の中に小さなよすがとなって残っている。あの子と私を繋ぐものがあるとすれば、もはやそれくらいしか残されていない。私は、あの全てが終わったと感じたときの、私という人間を捨てても良いのだという喜びを、そんな「私」さえ持てなかった息子との、わずかな絆として受け取っている。時々そのために、私はもう自分が何も出来ないということをしみじみと実感する。私は、何の価値もないただの木偶になったからだ。生きるということが演じ、欺き、奪い、損なうことだとするならば、それら全てに対して私はもう、良い意味でも悪い意味でも隔たりしか感じない。誰かが何かをやろうと、誰が何を見いだそうと、誰が何を失おうと、結局それがどうしたのだ。私の外で起こりうる全てのことに対して、喜んだり怒ったり、そんな素振りをもう私は必要としなくなった。他人に対してではない。自分に対して、私は、自分が何も感じないものを、感じているかのごとくに振る舞い、欺く必要がなくなったのだ。だって、私の半分はもうここには存在しないのだから。その軽さ、その惚け、その静かさ。今の私はそれを祝福だとしか思えないのだ。
